人生に悩んでいるくーみん(仮)の話し

俺たちの町、なんとなくの町。
俺たちの町、なんとなくの町。

 

 最近、ある友人とよく話す。仮に名前を「くーみん」としておこう。男である。もう3年になる付き合いで、僕が上京して大学院に通うようになったのと入れ代わりで、彼は就職し、ゼミを出て行った。そんなくーみんが前年に会社を退職し、この3月に近所に越して来て大学院生を始めたのが、最近の交流のきっかけである。

 

 初めて彼に会ったのはある休日の秋葉原で、僕はオタク街の祭りのような、でも整然としている雰囲気に違和感を感じ、はしゃいでいた記憶がある。彼はそのとき既に就職していて、少し時間があったと言うので僕らの勉強会に顔を出したということだった。真面目で常識的で礼儀正しいごく普通の24、5の青年だった。彼とは昼食を共にしたくらいで、込み入った話しはできなかった。ただ僕が、「自分は関西で25年くらいなんとなく生きて来て、そういうものが嫌になって上京してきた」と話しをすると、彼はしきりに共感していた。「自分にもその気持ちが分かるが、こと自分は立石と違って関東出身であるから東京幻想のようなものはない。心にしこりは残ってるが、ひとまず就職したんや。まぁ、よろしゅうたのんますわ。」

 

 そんな彼がこの度、やり残したことを回収しに再び八王子の山奥に戻って来たと言うのだ。グダグダ過ごすにはもってこいの、世界の果てのスラムでもなんでもない、冬が寒くて、まれにタヌキが出没する多摩ニュータウンに。ちなみに夏はカブトムシが採れる。3年ちょっと前に初めてこの地に舞い降りたときは軽く絶望した。地元である西神戸ニュータウンに、生まれ故郷である新千里ニュータウンに酷似した風景があったからだ。チェーン飲食店とシネコン。最終的に公務員や教師になりそうな量産型真面目大学生。赤ん坊と母親。老人。都心まで電車で50分。すなわち外見から心性から所得まで似通ってそうな人びとと建築物の塊。「俺は違うぞ」って言う気にもならん。「まーた、こんなとこに住むのか」と言いつつも、三年間、このファスト風土の恩恵に預かった。チェーン店の飲食物は味と値段のバランスを勘案するとそれなりだし、深夜のファミレスは思索に耽る場所として物理的にも音響的にも適している。ローリーズファームやINGNIで身を包んだ真面目な女子大生は、テスト期間でなければ掘っ立て小屋のような寒アパートに遊びにきてくれるし。一人きりでなんとなく住むのにはいいところかもしれない。

 

 

 日本において、20代後半の男性二人が話す内容にふさわしい話題とは何だろうか?ひとくくりに若者と言っても、社会人なのか/学生なのか/結婚しているのか/家族と同居しているのか/学歴はいかほどか……などの要素で話す内容に差が出てくるだろう。自分の周りだと、高校までの旧友はサラリーマンや教師になった人が多く、大学での友人は大企業に就職したり、弁護士になったりと、わりとアッパーなミドルが多い。中には東京でバリバリ高い意識を持って日々の活動に忙しい人もいる。学歴と日々の生活や振る舞いは相関関係にある。すると話題も変わってくる。自分のような「道踏み外し系」は過去のコミュニティにおいてはおそらく稀で、僕のキャラもあるだろうが、旧友に会うと珍しさからいじられる。その中で、地元の友達だろうが、大学の友達だろうが集まれば、大体「恋愛・結婚」「給料・ボーナス」くらいの話題にしかなからない。逆にそれぞれの進路先で共通する話題が少なくなってしまったのだろう。

 

 話題を共にできる同年代が少なくなってきて寂しい今日この頃、同年代で「道外し系」で、さらに同じゼミ出身のくーみんと話しが合わないはずはない。彼との話しは「地元の奴ら」と話しが合わなくなったことから、社会学、ナンパネタまで実にハイコンテクストでピンポイントすぎる話題である。でも、いつも同じ話しに収斂していく。何か。人生の話しである。

 

 くーみんは元・宮台ゼミ生で性愛ネタにも興味があるので、僕が企画・運営してきた「愛のキャラバン」の流れをすべて追っていて、先日書いた「愛キャラ」を振り返るエントリも読んでくれたらしい。エントリを読んだ感想を仔細に語ってくれた。「かのエントリーを読んで、宮台ゼミ出身者のダメさが分かった。お前の知らない元ゼミ生ともこの話しをしたよ。立石は真面目に自分の問題に向き合った。ゼミに来て、こういう結果が得られて、よかったやん!!俺は。。。」と。ちなみにくーみんは俺口調でも関西弁でもない。くーみんは、立石が自分の問題と向き合い正面から対処したことに興味があるようだった。そして、自分も似たように「何かしらの問題」を抱え、日々悩み、大学院に舞い戻って来たと言うのだ。

 

 くーみんはよく「自分にはエートスがない」と言う。エートス(ethos)とは社会学の用語で、行為態度などと訳される。まだ何かよう分からんので、もう少し言うと、ある人が生活したり行為したりするときに指標となる、それまでの生活や出自によって刷り込まれた、心の習慣や性向のことである。たとえば、貴族には貴族のエートスがあって、ノブレスオブリージュだのなんだということになるし、ニュータウンっ子にはニュータウン人のエートスが埋め込まれており、なんとなく都心まで一時間かけて電車に乗ったり、サラリーマンになって35年ローンを組んで家を建てたりするのだ。だからエートスがない人なんてこの社会にはおらず、さまざまな位相でエートスは観念でき、日本人には日本人のエートスが、都会の人間には都会人のエートスが、「道踏み外し系」にはそのエートスがある。つまり、習慣とそれが作り出す、心性。というのがエートスである。

 

 くーみんの言うことは社会学徒のくせに自分にエートスがないなんて、科学的に間違ったことを言っている。ということが言いたいのではない。くーみんは「エートスが自分の中に存在していない」と言っているのではなくて、「望ましいエートスが自分の中にない」と言っているのだ。「望ましいエートス」って何やねん。こういう発言すらそもそも問いとして間違っているのだけど(なぜならエートスとは結果だから)、ちょっとだけ聞いて。くーみんは宮台ゼミ出身であるので、宮台真司が多用する「内発性」=virtue=内からわき上がる力 なる議論を知っている。くーみんの言うエートスは宮台さんのヴァーチューに似た概念で、推察するにくーみんは、宮台さんの内発性議論は生物学的で、社会の中に生きる人の関係分析たる社会学においては用語として不適切だから「エートス」という言葉を使うのだろう。

 

 もう少し言うと、くだんの宮台さんの内発性議論は「生き物としても」、「社会的な存在としても」強者=エリートにしか適用できない印象を受ける。エリートでは無い自意識を持つ人にとっては疎外感も悔しさもあるので、この内発性議論はパンピーには使い辛い。代わりにくーみんは「エートス」という言葉を使う。ということはどういうことか。①くーみんは自分をエリートだと思っていない にも関わらず、②エリートの行為態度、すなわちvirtueが欲しいのだ。おそらく彼の想定しているエートスは宮台さんのような、「生まれも一流、育ちも一流。すなわち麻布東大大学教授」のようなもので、言ってしまえばエリート中のエリートであろう。

 

 くーみんの「自分にはエートスがない」と言うのは「自分にはエリートのようなエートスがない」の言い換えだ。しかし、社会学徒であるくーみんが「エリートのような」というフレーズを-おそらく意識的に省いて-使っていることから、彼もエリート主義的であると思われる。「エートス=ヴァーチューは自分らのような人間にはあるはずなのに、実際は無いから悩んでいる」と。つまり、プライドが高い。経歴的にスーパーエリートではないのに、自分のことを頭がいいとか優秀であると思っている(思いたい)僕やくーみんのような人間にはよくある悩みだ。そして、その悩みは矛盾しているからこそ詰まるし、根本的には解決しようのない問題設定だ。無いものねだりをして、現状を見ないのだから。

 

 つまり、くーみんはエリートじゃないのにエリート意識を持って、それでもエリートに憧れて人生を詰まらせているということらしい。で、俺はくーみんとナンパをすることになったんだ……

 

 

 繋がらない文脈はそれこそナンパ的である。中間の手続きをすっとばした、速さ、切れを重視すると、美しい結果だけが残る。カリスマナンパ師の公家シンジさんも「いたたまれない気持ちなんですけど。。。」とだけ声かけして即座に漫画喫茶にギャルを連れ込むらしい。ナンパイズポエム、ポエムイズ瞬間恋愛。それから元・ナンパカメラマンの福永ケージさんも「人生に詰まったらナンパしろ」とおっしゃっていた。人生に詰まっているくーみんと、ナンパで(を媒介にして)人生を切り開いて生きた俺とで、できることは。。。そうナンパだったのだ。

 

 

 吉祥寺の商店街、夜10時、平日。声かけ開始。ひとまずカリスマナンパ師と仲のいい俺が声をかける。美人だ。失敗。くーみん、地蔵になりつつもカリスマナンパ師を知り合いに持つ立石の声かけ姿にエンカレッジされて声をかける。失敗。サブカル女子や。そのやりとりをしばらく続けた。カリスマナンパ師とも交流のある俺は、やはりべらぼうに可愛い子から番ゲなり連れ出しせなアカンという自意識によってナンパしていると成果が出ないことに気づき、なんとなく行けそうな、かつなんとなく自分も好きやなぁくらいの女の子に声をかける方向に転換。駅とは逆方向にトボトボと向かう女性に声をかける。100mくらい並行トークした後、華麗に番ゲ。カリスマナンパ師としばし語らうこともある俺は、元々のお笑いキャラを活かしてマシンガントークで番ゲまで持ち込むのが必勝パターンだ。そう。実は俺もカリスマナンパ師のやり方はよく知らないのだ。その後カリスマナンパ師ばりに俺、立て続けに番ゲ。やはりカリスマナンパ師との交流は確実に俺を素敵にしているか、目を磨かせているのかもしれない。俺もカリスマナンパ講師のマネをして、くーみんを指導する。「あれ行って下さい。次ぎあれ。はい、次。」と背中をポーンと押して、声をかけてもらう。しばらくの後、くーみん初番ゲ。すぐにその女性に電話をしてもらう。で、その女性と飲みに行くことに。。。え、もう電車ないけど?

 

 くーみん、初番ゲの後、即。まさかの即。カリスマナンパ師とたまに一緒に銭湯に行ったりする俺でさえ経験したことのない即をあっさりと成し遂げる。ちなみに、ナンパはするより教える方が簡単だという説がある。ナンパしている時の自意識が、ナンパを教えるときにはなく、街行く女性のことを客観的に見られるからだというのだ。ともかく、人生につまっていたくーみんは、カリスマナンパ師と公私ともどもに関係のある立石の指導によって、見事な成果を残したのである。

 

  数日後、くーみんから連絡があった。初のナンパ成功のあと色々と考えることがあったらしい。バイパス沿いに君臨するカリスマナンパ師(中略)である俺行きつけのファミレスに深夜に集合した。くーみんはナンパした女性もその後も連絡をとりつづけ、割とハマっているらしい。いいことだと思う。と伝えた。くーみんは僕と似たような少年時代を過ごし、同じゼミにも通い、そして今も「何かを取り戻す」ために同じ場所にいる。僕が一連の「愛のキャラバン」を経たことで、似たような立石に相談し、同じような道を辿れば自分の問題は解決するかもしれないと思ったと言うのだ。ナンパの後日談や大学院での研究のことを語らったあと、その会は開けた。いつものように人生をどう生くべきか?と散々議論したが、帰り際のくーみんは寂しそうな顔をしていた。

 

 そのまた数日後、くーみんから連絡があった。今度はカリスマ(中略)の俺の家に来て、ビールを持ってきてくれるらしい。LINEの文面がいつもより神妙だったので、あの寂しげな顔が思い浮かび、少し緊張して彼を迎えた。やはり会話の内容は、いつもの「俺たちのようなパンピーがどう生きるか」。くーみんは僕に、僕が親とちゃんと話したことが今の僕を良いように変化させたと言った。そして、自分も親との関係に思うところがあると打ち明けて来た。「俺は立石のように親にどうしてもらいたいとかはない。でも、これまでのことを考えるといかんともし難い気持ちになって、涙があふれてくる。。。」と語りながら、くーみんは泣き始めた。アラサーの男がアラサーの男に向かって過去と今の深奥を語り、泣き崩れる。僕は2ヶ月前まで同じようなことをしていたのに、彼を遠い人のように感じていた。しかし、彼はかつての自分だった。過去を思い、今を生きれない人は、地面に向かって悲哀と悔恨を落とす。

 

 彼は、親に出自や育て方のことで悔恨があり、それは大人になった今がもはやどうしようもない過去のことであり、しこりはあるが、今どう対処すればいいか分からない。ナンパや大学院進学は自分の問題を解決するためにやっているけれど、それが本当なのかどうか分からない。立石に相談したけど、イマイチ自分の問題とリンクできない。と言っていた。僕は泣く彼にもはや共感できずとも、泣きそうになった。そして次のようなことを伝えた。

 

 

 「くーみんの問題はくーみんにしか解決できない。くーみんが僕のマネをしてできることは無い。僕は自分の足で立って、自分の人生を生きることを宮台さんや高石さん、シンジさんから学んだ。最初は彼らのマネをしようとして、失敗した。でも、僕たちは似たような問題を抱えているし、考え方も理想も似ているからこそ出会い、交わっている。だからアドバイスできることはあると思う。僕ははじめ宮台先生や高石さんやシンジさんのようになりたかった。今は違うと言うけれど、くーみんも宮台先生みたいになりたかったことがあると思う。僕はたくさん勉強して、ナンパすれば自分もエリートになれると思っていた。でも、勉強にもナンパにも打ち込めたというかハマりこんだことはない。そこには自己欺瞞があった。大阪の愛のキャラバンでも話題になったけど、他人の物語を生きることはできない。僕は他人の夢を夢見ていた。その状態は夢ですらなく、現実が遠ざかるばかりだった。僕は自分の問題に対処するまで、さまざまな回り道をした。結局は繋がったけれど、宮台ゼミにきて、愛キャラをやって、パンクをやって、無意味な生活に耐えられなくなって自殺したくなって、追いつめられて、やっと親と対決しに行った。そこで始めて自分の行路が開けたような気がする。そういう方法は誰にやれと言われたでもなく、どの本にも書いてなかったことで、実は最初から自分が気づいていて、最も痛い最も重要な問題だった。俺にはくーみんがナンパをしたり、大学院で研究することが本当にくーみんの問題を解決するものかどうかは分からない。だから、くーみんも自分の問題は自分で見つけて、自分で対処するのがいいと思う。」

 

 

 こんなことは彼との間に限らず、他の友人や知人と何回も繰り返しているやり取りだ。過去何回も宮台さんやカリスマに入門する人間の周りで起きて来た現象だろうし、かのS君が宮台さんと命を賭けて得た、尊い実験結果だ。そして、ここにポイントがある。インターネットや書籍には「人に嫌われてもいい。自分の人生を生きろ」なんて簡単に書いてある。だから、地獄の経験をしてこなかった人が簡単に同じようなことを言える。くーみんはそのことに気づいていた。「立石はちゃんとプロセスを辿ったからこそ、この当たり前の真実を言っても説得力がある。でもそうじゃないやつらがこの社会にはたくさんいて、彼らはいつまでも自己欺瞞に陥り続ける。」と。

 

 このように語って、そして泣いてくれたくーみんに、僕は「愛のキャラバン〜大阪死闘編〜」や「愛のキャラバンinニコニコ超会議」で語られていた「ダイブ」のことを話した。くーみんはこのように自分の心情を語って泣いたことは初めてのことらしい。僕は彼の悲しみの告白を、自分の過去の姿と重ねたが、共感することはできなかった。しかし「慈しみ」と言っては偉そうだが、僕は彼を哀れむのでもなく、指導するのでもなく、でも悲しく、そしてなによりも応援したい、そのために寄り添いたいという気持ちになった。それはくーみんが僕に対して最もセンシティブで大切な心情を明かしてくれたからだ。くーみんは3年かけて、今大切な友人になった。大阪で僕が宮台さんにやったことを、くーみんも僕にしてくれたと伝えた。振り返るとなんだか気持ち悪いやり取りであるが、この言葉に嘘はない。

 

 

 『愛キャラinニコ超』でカリスマナンパ師の公家シンジさんが、「恋愛にはすべての問題を解決できる可能性がある。悩んでいる人は悩んでいる内容だけにフォーカスしているけど、そう言ったものをすべて解決してくれる上位概念があるのではないか」と言っていた。さすがはカリスマである。しかし、これは「カリスマ」の世界の話しであって、その魂のステージにいない人間が「おお、じゃあ恋愛ですべてオールキャンセルか。ナンパしよ。クラブ行こ。メンヘラなろ。」ってなっても全く意味がないどころか、愚物を生産することになりかねない。そういうインチキな愚者が○○信者によくいるではないか。(「苫米地」「宮台」など好きな単語を当てはめてみよう)すべてのカリスマ言語はカリスマのスピリットを持つものにしか意味がないのである。とニーチェも言っている。ということを引用している俺はカリスマである。ちなみに、僕は公家さんの言っていることに「そうなのか」と思いつつもその事実を知らないので、真偽を判定することはできない。しかし、そういう世界があるらしいことは、これからの僕の世界体験においてグッドなニュースである。ちなみに今までの僕の経験によると、「恋愛とは人とめっちゃ仲良くなれるツール」である。そしてめっちゃ仲良くなることは「生きててよかった」と思いをフとした瞬間に連れてくる。『深夜高速』をカラオケで熱唱しても、そんな瞬間は訪れないことが分かった。めっちゃいい曲やけど。

 

 僕もくーみんも自分が「今、本当に答えを出すべき問題」を見つめないで、回り道をしてきた。この問題のことをissueと呼ぶらしい。イシューとは、ホンマもんのエリートで、現・ヤフーの偉い人である安宅和人さんがその著書『イシューからはじめよ』で提示している、問題解決におけるキー概念である。この本は知的生産の技術の本なので、イシューの定義とかその他もろもろの詳しい概念は本を参照してください。ただ、この「今、本当に(自分が)答えを出すべき問題」をちゃんと見つめ、分析し、解決のために動くことは仕事や論文執筆に限らず、「ちゃんと生きる」ために最も重要なポイントであると言える。安宅さんもこの本のあとがきで、「なんやかんやノウハウを紹介しましたけども、このメソッドはやらないと身に付きませんし、そもそも価値のある情報と仕事は現場で得られるものです」的なことを言っている。

 

 また、イシューは常に「現状においての重要な問い」であり、その解も常に今の仮の結果である。イシュー・メソッドは絶対の無い科学の手続きだ。ということは、ほぼ死ぬことしか分かっていない「人生」においても同じ手続きが利用できるのではないか。いや、むしろ死ぬことが分かっているだけ、その間にやるべきことが見えてくる。「終わりよければすべてよし」と言うけれど、終わりを想定しすぎて重くなって、何もできないことがよくあると思う。しかしそれは「終わりよければすべてよし」の思想とは矛盾する態度だ。「終わり」とは帰結のことであって、始める時点では結果の予測はある程度できるが、「質」は分からない。それに、何もしなくて、あるいはマイ・イシューに取り組まなくて「終わり」を「良かった」と言えるのか?

 

 「人間(じんかん)万事塞翁が馬」とも言う。色んなことがあるから人の禍福は分からんと。だから、些細なことで一喜一憂するべきでもないし、杞憂になって何もしないこともアカンのである。過去と未来を重く捉えて、今を生きないことは「始まらない、終わらない地獄」だ。僕や他の人のイシューへの取り組みが、結果としてどうなるかは分からない。が、現在において最も重要な問題に取り組むこと。人にはそれしかできない。そういうことを脇に置いておいて「人間」も何もないだろう。塞翁の馬は逃げないし、その馬が新しい馬を連れて戻ってもこないし、息子がその馬から落ちることもないし、その息子が落馬して骨折したから兵役を逃れることもない。つまり、なんもないやろ。

 

 イシューを見つめずに、ぼんやりとぐるぐると、生きることはできる。しかし、その間もかけがえの無い人生である。そんなことでいいんですか?マイ・イシュー、いつやるの?

 

 

 ところで、このエントリを書くことをくーみん(仮)に伝えてあるので、彼を明日から「くーみん」と呼びたいと思う。呼ばない可能性もある。彼が彼のイシューを見つめ、素敵に生きて行くことを友人として見届けたいと思う。見届けない可能性は低い。そしてまたビールをおごってもらいたい。僕は「俺の次のイシューはなんだろうか……」と悩んで時間を無駄にしないように、一個ずつやるべきことを潰して、日々生活している。生きていない時間を減らすんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近所でとれるカブトムシ。イルカと。
近所でとれるカブトムシ。イルカと。

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コメント: 1
  • #1

    setzna (金曜日, 10 7月 2015 14:10)

    似て異なるお二人にとても共感できます。僕も高校の唯一の友達がお二人みたいな仲、僕は宮台真司、友達は苫米地英人だけれどもお互いがお互いの好きな著者の本も読んでおり、単語もその仲から(笑)いつも会うと将来を語りとイメージしやすい仲です。天才を追いかけるが知れば知るほど生き辛くなるそこにとても共感できます。